教室でのお話/Talikng in classes

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舞、水墨画の筆遣い、剣は相通ずる

学生の頃、神戸の摂津岡本という所に舞の師匠がいて、
京都から毎週通っていた。
舞と水墨画を習っていた。
 
芸術は総合的なものであり、絵を描くといって絵画だけを学ぶようでは
まともな修行にならない、と仰っていた。
 
師匠も、舞を学ぶにあたって、
絵を描き、柔道をやり、剣術をやり、日本泳法をやり、
楽器と歌を覚え、書物を読んでお稽古されたそうである。
 
扇は、元々は、刀を帯刀できない時に差すものであり、かつ軍配の代わりなのだと言う。
戦国時代になぜ能が武将の間で流行ったかというと、
軍配の動きを洗練させ、的確に指示を出すために始められたのが理由だそうである。
それで、舞の動きの無駄を発見するために、水墨画を習ったという事で、
舞、水墨画の筆遣い、剣は相通ずるものがお互いにあるという。
 
そこで私も絵画の修行の一環として剣道の稽古をし、竹刀を振って鍛えた。
素振りを丹念に行い、振り下ろした竹刀を、ぴたっと空中で止めた。止めると言っても、
腕で止めるのではなくて、身体全身が準備をし、各部が連動しているようだった。動きは深い所から来ているのを知った。
 
その後、随分と剣道を練習していたが、ある時自分の筆遣いが良くなったのを感じた。
特に細い線を描いていて、ピタっと止める時。黒い線が生きていた。全身から、この極細の線を産みだした感じがする。線はこのように描き、筆と自分はこのように一体となるのだ、と思った。
 

2025-04-27 04:12:30

デジタルデトックス

私達世代では、死ぬときに後悔することの1位は
「あんなにスマホの画面を見なければ良かった」になるのではないかと思う。
 
「あんなにスマホを見ていないで、もっと人生を豊かにするような面倒な事をすれば良かった、
本を読んだり、映画を見たり、旅行にいったり、習い事をしたりして、
心が豊かになる事をして、一日一日を大事に生きれば良かった。スマホに捧げてしまった。」
と思うのじゃないだろうか。
 
デジタルデトックスをして、数日でもスマホから離れたりすると、
案外に快適だったと聞く。
私は、まだそこまでやった事はない。
 
スマホで享楽を得て、情報を得て、ちゃんと生きている気持ちになるが、
振り返るとやはり時間を取り過ぎている。もっとスリムにできる。
 
私達の世代は、原始的な子供の外遊びからはじまり、様々な娯楽を体験してきて、
その果てにスマホに絡めとられている訳だが、
冬の寒風に遊んだ厳しさに比べたら、今の方が楽しい。
でもこれからの子供が、遊びの選択肢がとても狭い中で育つのは、
あまりに気の毒だとも思う。
 
幅広く娯楽を知っている世代だからこそ、スマホとの向き合い方や、
享楽のコントロールの指針をたてるべきだ。それが3代先まで続く様な、
人間の真実に沿うような形の指針を、設けてあげたいものだ。
ふと、そんな事を思った。

2025-04-27 03:56:06

作品にいのち

絵画が、財産や金銭の代わりに通用されたのは、
芸術が存続する上で、メリットだったのかもしれないが、
私なんかは、
「絵って何なんだろうなー」と思ってしまう側だ。
 
描く方は自然界と呼応して描いていて、
お金が流通する物質界とは真反対のところで心血を注いでいる。
できあがった作品が、まるで陰陽のバランスを保とうとするかのように、
物質界にまみれた上で存在しているのを見ると、
ほんとうに作品は命を吹き込まれた、生き物なんだと思う。
 
最近、ヴィオニッチ手稿の内容の話を聞いて、
生命の吹込み方が記されているかもしれないという話だったのだが、
同様のことを芸術家はしているのだろう。
生命は、吹き込めるのだ。気付かない内にも。
 

2025-04-16 20:41:05

牡丹の日本画/人間の幸福を知る

この4月、日本画の体験レッスンでは牡丹を描いている。
紅白の牡丹に、アゲハ蝶が飛んでいる図だ。

一見、可愛らしい絵柄に微笑むが、
いざ描いてみると、
「牡丹って、こんな花だったっけ?」とか
「蝶々って、こんな体だったの?」とか、
クラスは賑やかになる。

牡丹の花芯の形状ほど、皆が驚くものはない。
そして、牡丹の花芯の形状ほど、
牡丹の「プライド」を感じられる部分は他にない。

普段、まったく目にも留めないところに、
こころがあったのだなぁ、と感動する。

今度、牡丹にカメラを構える時は、もう以前の自分たちのように、
花の全体の姿を写すだけでは物足りないだろう。
なぜなら、
外見の姿だけではなく、もっと他に見るところがあった時、
人間とはこんなにも、嬉しく幸福感を味わうものなのである。
 
この幸福感を、絵を描くことを通して、学ぶことができる。

 

2025-04-16 20:32:53

お寺の生け花

出稽古で通っている大吉寺というお寺が世田谷にあり、
10年ほど前から、ありがたく場所をお借りしている。

社務所の入口をくぐり、玄関の柱に二か所、
花が活けてある。
境内の花を切り採って、
ご住職様と奥様が随時活け替えられている。
その花に、いつも足が止まってしまう。



花の形に、御仏が、
その花の姿に、くまなく行き渡る仏の慈悲が、
どうにも紛れようもなく現れているように、見えるからだ。

どうして、同じ花をみて、
こんなに違うのだろう?

花を見るひとの解釈が違うと、
こんなにも、正直に顕わになるものなのだろうか。

慈悲、それも、
なんという深さであろうか。人間に辿りつけない深淵さの向こうから、
絶えず愛がやってくるのが、分かる。
それが、葉の隅々、しべのひと先にも
くまなく通っている。こんな世界に、私達は生きていたのだ。


---

この素晴らしい生け花のような、花の絵を描きたい。

このような花こそ、絵描きたいものだ。


それには、日本画や水墨画なら、
叶えられる気がしている。


 

2025-04-16 20:23:57

海水に棲む仲間たち

麻薬であるからには、
悪いものの組織が利用しているのは世の常ではないか。
 
たとえば、今後は、流布しやすい利点のために、
善い目的で使用はするけれども、
コンテンツの内容以上に危険な要素が、同時に含まれている。
それは製作者にはどうにもできないので、
危険な側面についてはあえて言及しないでおく。危険な部分については、各々が個別に対処する責任を負っているものとする、
そんな具合になるだろう。
そして次々と新しい作品が制作されて公開される。
善と悪を、社会ではハッキリ言えないのに、個々人は明確に分けて対処することが求められる。
安全性と危険性を同時に内包したものを、扱わざるを得ない。

 
これと同じ状態なのが、海水だと、私はイメージする。
海水には、食べ物もあれば、自分の排泄物もあり、
一緒くたにまみれながら棲むしかない状態だ。
卵から孵化する者がいて、すべては先祖代々の屍に触れている。

 
そこで魚やタツノオトシゴは、たしかに「文句を言っても始まらない。」と言いたげな、
ムスッとした顔をしている。
魚は考える事も放棄したかもしれないが、人間はそうもいかない。
 

2025-03-22 19:43:00

人生で後悔するもの-8

かけがえのない一日一日を過ごしていることに気付かされる。
見つめる気持ちがあれば、この世は面白い。
自立していれば、「絶対的な」安心はなくても、平気だ。
周りに感謝できるという謙虚さが、思いのほか強靭に
精神を支えてくれるのを知る。
 

謙虚さと我慢を、すこし混同していたのかもしれない。
自分の感情を測る、こころの計測器の精度が、格段にあがった。
それは依存を克服してからの事である。


自分の謙虚さに栄養を与えるために、
目がいくものが、自然に変わってきた。


溺れるもよし、立ち上がるもよし。
まことに世界はうまくできている。これに安らげないで、他に何があるのだろうか。
しかし、立って這い上がってこそ面白いのだとは言える。


 

2025-03-21 19:39:00

人生で後悔するもの-7

初めて目に留まるベンチがあって、気に入った。
明色に枯れた小竹の上に夕日がさしていて、昔いたアリゾナの風景を思い出した。
あの時の私と、変わらない自分が息をして見ていた。
きっとずっと、この自分が生きていたんだ。場所も時も違っても、これからも同じなんだろう。それでいい。

2025-03-20 19:38:00

人生で後悔するもの-6

何度か寂しさのショックを受けたりもしたが、
それすらもだんだんと慣れていき、
別の代わりの興味を探すようになった。

何に感心するか、毎回、未知だ。

この間は、「ユズリハ」という木に見とれた。
それから、鹿威しの音は、いつまでも聴いていられるとも思った。
それから、銀杏の新芽は遅くでるのだと知った。
 

2025-03-19 19:37:00

人生で後悔するもののひとつ-5


 
近くの根津美術館に行って庭園に立つまで5分かかる。
以前は、この5分がとてもとても長く感じられた。億劫だった。厭だった。
今は、「スマホを見ていれば、5分などあっという間だ」と思うようになった。
 
そして、その通りにあっという間に庭園に立ち、
ほんの10分ほど緑に囲まれる。
以前は、人も行き交う庭園で安らげる筈はない、と考えていた。
わざわざ行く気が起きなかった。
 
今は、デジタルよりもほんの少しでもいいから、本物に触れたいと思う。
そして、行ってみると背の高い木々にかこまれて、五感が癒され、刺激され、導かれる。そんな思いがする。
 

2025-03-18 18:49:00

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