先日、京都で四条派の付け立て画法を教えていらっしゃる先生と
電話でお話をさせて頂く機会を得た。
「どうして、付け立て画法は衰退したのでしょうか?」
と質問させて頂く。
それは、戦後に日本家屋が次々と失われ、
床の間がなくなり、かけ軸を掛けなくなってしまったために、
必要のない絵画ジャンルになったためだと
先生はお答えになった。
掛け軸のない生活ばかりを営んできた私にとって、
付け立て画法のすばらしさは永遠である。
掛け軸も床の間も別になくてよい。
これは、私には当たり前のことである。
このように当然のことが、まるで上澄みのように浮上してきて、
掬いとられるまでは、
一度、破壊を通ることも辞さないものなのかもしれない。
国家は文化を大事に扱っている。
よく、不必要な外国の干渉があったせいだという意見もあるが、
私はそう思わない。
何であれ、本人の意思が働かなければ容易に動きはしないものだ。
その意思というのだって、
言葉で説得できるような軽い程度では、ビクとも動かない。
私達の未来に待ち構えている幸福が、
結果を招くように事態を起こしてくるのだ。
ある幸福な結果への変身のため、
自らが選んだ諸外国を利用して、自らの思い通りに邪魔立てをさせ、
より進歩した自覚を鍛えるということだって、国家というものにはできてしまう。
2025-03-12 20:12:00
教室でのお話/Talikng in classes