先日の細見美術館では、掛け軸の表具がいかに、
作品の見え方に影響しているかを研究する
恰好のチャンスだった。
まさに、溜飲を下げに下げまくる想いで、
構図と表具の連動性を感じてきた。
私は、実はもう四角い額に入った絵の世界に
辟易しているひとりだ。
掛け軸の世界の新鮮さ、アイデアの豊富さ。
掛軸には尽きない面白みがある。いつまでも実験を重ねられそうだった。
現代のお軸は成立する、と思った。
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現代の部屋に掛け軸をかけて、
困るのは傍を通れないこと。
では、通らせなければいい。
そのひとスペースは、自分のための、自分を表現するための場所、というのを
設えればいいのだ。
「ひとしつらい」とでも称してみるとします。
そこは、室内の内とも外とも、和合して繋がったりできる世界で、
今の自分のステータスを再確認したり、進歩を促したり、
自らが自らを慈しむ事を覚えたりする場所。
そこには、たて長の掛け軸がかかり、
下から上へ理想を見上げるように、
また理想の方からも、温かなまなざしで見つめてもらえるようにする。
宗教のない時代の、これは新しく、自分の精神を手入れする方法。
外界を尊重することも両立するという、
本当、これ以上なく、これからの時代に必要になる。
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いろいろ想像ができてきた。
通常の掛け軸の縦半分のサイズ。
軸棒には、なにか携帯ストラップのように、小さいものをいくつも吊るせるように。
あくまでも自己表現としての掛け軸だから。
表木と天地の天は、強化しておく。
表木も太く丈夫にしてもいい。
中回し、柱の布は、オリジナリティを高められないと。
オーダー印刷が可能なコート紙へ。
などなど。
2025-03-13 20:28:00
教室でのお話/Talikng in classes